【SS】先導
山の中、火の手に囲まれて、走っている。何度も見る同じ夢。熱が肌を焼き、煙に喉を塞がれて、頭が不快でいっぱいになって、目を覚ますまで。今回もきっと同じだ。
最初に見たのはいつだったか、覚えていない。けれど決まって、美しい景色で始まる。山は深い緑に覆われて、足元は背の低い草が茂っている。木の葉が風に揺れて、その隙間から少しだけ空が見えるのだけど、気づけば灰色が空を隠し出す。火に追われる僕が山道を走って、なんとか助かろうとする。川を見つけたことがあったけど、足をとられて溺れてしまった。岩の洞穴を見つけたことがあったけど、中で熊に襲われた。崖から落ちても、身を土で覆っても、気持ちよく目覚めたことは一度もない。それもお決まりだった。
今度もきっと碌な目に遭わない。それでも何かを探さずにはいられない。じわじわと熱に追い詰められるのは、いつも不快で堪らない。
僕は山道を進む。右へ左へ、息を荒げてどこかへ向かう。足は鉛のように重いのに、まるで空を蹴るように地面が無い。四方の炎に皮膚を焦がされ、何のために必死なのかすらわからなくなってきていた。
ふと、ボヤけた視界の中に明るみを見出した。広場のようなそこには、木で出来た小屋があった。周囲の炎は今にも広場を、その無骨な小屋をも呑み込もうとしている。背中から迫る熱気に辟易しながら、小屋からの無言の誘惑を受け入れた。あぁ、今回はこの中で燃え尽きるんだ。それとも倒壊に巻き込まれて圧死かな。不幸な結末と同じくらい、小屋に入れることを確信していたし、事実その扉は抵抗無く開いた。存在感が朧げな足に力を込めて、僕は小屋の中へと進んだ。
小屋の中は、不思議と懐かしい匂いがした。テーブルと椅子があって、簡素な棚に数えるほどの食器が置いてある。山小屋というのはこんな内装なのだろうか。いや、そんなことはどうでもいい。壁際に目を遣ると、子どもが床に座り込んでいる。人に遭遇したのは初めてのことだ。固まった僕が何か行動するより先に、子どもが顔を上げてこちらに気づいた。
「こんにちは、よく来たね」
友達を待っていたかのような、自然な言葉が子どもから発せられた。
「君はここで何を?外が燃えているから逃げなくちゃ」
どうせ逃げ場は残っていないけど、とは言えず。
「お母さんを待ってるんだ。お兄さんは逃げないの?」
「逃げ込んでここに来たんだ」
ふーん、と、わかったようなわからないような返事で、子どもは僕の境遇に興味を持っていない様子だった。ひょっとすると、自身の安否にも無関心なのかもしれない。いや、それは僕も同じか。
「お母さんは近くにいるの?」
「きっとすぐに戻ってくるんだよ」
「いつ頃出かけていったの?」
「朝には決まって出かけていくよ」
要領を得ない問答だが、子どもはするすると言葉を返す。うーむ。
このままではこの子と一緒に火達磨だ。僕はどうせ逃げ切れないけれど、この子だけなら助かるのではなかろうか。いやせめて、目の前で子どもが炎に包まれることだけは避けたい。こんな悪夢だけど、少しでも目覚めをよくしたいじゃないか。
なんとか子どもを逃がそうと決意して、よくよく見れば、プリント付きのシャツの袖が捲られていることに気づいた。シャツに描かれた懐かしいキャラクターはどうでもいい。袖が捲られた腕には、赤黒い隆起があった。それが火傷の痕だと僕は知っている。同時に僕の背中が、思い出したように火傷の痛みを主張した。
「その腕の傷、どうしたの?」
「僕がわがままだったから、お母さんとの約束が増えたんだ」
「約束?」
「3回守らなかったから、腕がこうなっちゃった」
体罰で付いた傷なのだろう。過激に見えるが、僕はそれを特別なことには感じなかった。そして、山火事だとか関係なく、この子はこの部屋から逃さなくてならない気がした。守って苦しむ約束もある。お母さんは味方ではない。
「急いでここから出よう」
「でも約束......お母さんがいないときは外に出ちゃダメって」
「それでも出るんだ。近くの川まで走って」
「ダメだよ、約束破っちゃう」
「お母さんのことは僕がここで待つよ、約束のことも僕が謝っておく。だから行ってくれ」
絶対にこの子はここから逃がす。強情な子どもの襟元を掴み、力尽くで小屋の外へ放り出した。なんとか道は残っている。
「行け!」
叱り飛ばすような声に身体を少し震わせて、子どもは顔をひしゃげながら走り去っていった。無理やりでごめん。だけど、今逃げなくちゃダメだ。どうか安全な場所まで辿り着いてくれ。
律儀にあの子の母を小屋で待つが、扉を先に叩いたのは火の粉だった。やがて壁まで燃え移り、懐かしい匂いはとうに焦げ付いて、僕の視界は煙の白に包まれていた。
あの子が助かる保証はない。ここは希望のない夢の中だ。そうだ、ずっと希望なんてなかった。幼かったころの支配から逃れても、痛みと恐怖の記憶が、今も僕を夢に縛り付けている。あの子に真の救いが訪れることはないかもしれない。逃げた先には、終わらない呪縛が残るだけだ。だけど、どうかすべてから逃げ切ってほしい。痛みと恐怖を忘れるほど、完膚なきまでに救われる姿を見せてほしい。そしていつか僕を逃して——
白い視界が、音もなく暗転した。
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小説2作目です。6年ぶりらしい。遅筆ってわけじゃないんだけど。
TOYGER Cup (7/10) 大会レポート
TOYGER Cup in 柏

64人規模のスイスドロー5回戦+予選上位3名によるエキシビジョン的なやつ
使用構築
悪パーフェクション

ベースは自分がポケカを始めたときに組んだものです。何使うかだいぶ迷いましたが、環境の立ち位置も悪くなかったので信じて投げてみることに。細かい点は最後の総評で。
1戦目 ベロベロらんぶ ジャンケン負け 後攻
サイド1-0で勝ち
相手がベロリンガだけ置いてターン渡してきたのでデッドムーンGX宣言、そのまま返ってきてレッド&グリーンから技撃ってポケモン切れで勝ちました。
余談ですが、この初戦の方とプレイマットが被っていてとても仲良くなりました。このあと3-1 → 3-2 という惜しいところまで上がったすごい人だった....。
2戦目 黒馬マホイップ ジャンケン負け 後攻
サイド6-3で勝ち
メガヤミラミ&バンギラスGXでスタートして戦々恐々としていたらお相手黒馬スタートで安堵。後2で無傷で黒馬Vmaxをとるも、返しでガラルフリーザーを絡めつつヤミバンを取られ窮地に。1エネデッドムーンGXで時間稼ぎ、2体目のマニューラGXにレッド&グリーン当てる準備しつつボスで裏の黒馬Vmaxを呼び出して起きました。その後かざりつけされて仕留め切れず、ガラルファイヤー前で祈りながら番を返し、ボス飛んでこなかったのでボスで黒馬呼んでオーラバーンで勝ちました。
3戦目 黒馬 ジャンケン負け 後攻
サイド3-6で負け
初手にヤミバンorガラルサンダーVで、迷いつつサンダースタートしたら黒馬で泣いた。
相手がガラルサンダーVを準備し出したのでミュウツー&ミュウGXでデデンネGX狩り。しかし返しでガラルフリーザー絡めてワンパンされ、その後巻き返せずガラルサンダーVにブラッキー&ダークライGXを狩られ負けました。こちらのサンダースタートが致命的に弱かった....。ブラッキーダークライも出しておく必要がなかったので、プレイの甘さが出た負けでした。
4戦目 ミラー ジャンケン負け 後攻
サイド0-6で負け
マニューラGXが2枚ともサイドに落ちて何も出来ずに負けました。構築の甘さに不運がぶっ刺さった。たぶんマニューラGXいてもこのミラーで後攻から勝つのちょっときついです。
5戦目 ミラー ジャンケン勝ち 先攻
サイド6-0で勝ち
グレートキャッチャーでミュウミュウwith1エネ、ボスでデデンネをそれぞれ食って勝ち。先攻の優位を全面に押し出して勝つことができました。ミラーでデデンネGX出すの弱いと思う。

以上5戦で、勝ち点9のオポネント55で15位でした。3戦目のお相手が最高の動きでこちらの弱点突いてきたのが本日の分かれ目だったと思います。

構築時点でムゲンダイナ系統と雪道系統を厚めに見ていたのですが、どちらもまったく当たりませんでした。これでベンチバリアまで入れてたらひどい当たり運になるところだった。
その辺りの枠の都合で、3枚目のマニューラGXとレッド&グリーンの採用を見送っていたのですが、後者はともかくマニューラGXの3枚目は入れるべきだったなぁと反省しております。博士2枚の採用は、シルヴァディGX型でない都合でドローソースの追加と、新規のガラルファイヤーの登場によりレッド&グリーンへの依存度が下がったことが理由です。
その他、プレシャスボール、リセットスタンプ、メガミミロップ&プリンGX、アーゴヨン&アクジキングGX、カイリューGXなどの採用を検討していましたが、すべて枠の都合で不採用です。アゴアクジを抜いたことで非エク、ミミプリを抜いたことでタッグチームにそれぞれ薄くなりましたが、裏目にはなりませんでした。リセットスタンプは欲しいけどこのデッキでは撃ちたい時に絶対撃てない....。
本日はジャンケンがありえないほど弱かったのですが、後攻でも強い動きができるデッキのためあまり気にせず戦えて良かったです。追加デッドムーンGXは一度も撃てませんでしたがやりたい放題できたのでヨシ!
今後も機会があれば公式or非公式大会に積極的に参加していきたいです。
景気付けにチー牛温玉付きを食べて挑んだ。
メモ:正しく嫌うということ ② 〜 自分を嫌う
先日の記事の続きです。
メモ:正しく嫌うということ ① 〜 嫌いなものを嫌う - やまやま倉庫
つい最近、ちょっとしたきっかけで、私が自分の感情や欲求を抑圧している事実から目を背けているのでは?という疑念を抱いた。私はいつも自身の脳内を言語化するようにしているのだが、言語化はあくまで一対一対応の写像ではないので、言語化によって脳内を整理することは常に欠落を抱える手続きである。この欠落を意図的にコントロールして、認識すべき自己の感情を歪めていた容疑が私にかかったのだ。
この疑いがかかって、私は初めて自分を正しく嫌う必要性を認めた。それまでは、どこかでそれをできているつもりになって、自分は自分を好きであると言い聞かせていたように思う。それは今までのどこかで必要な虚偽だったと思われるが、自分を好きでいなくてはならない頃よりずいぶん余裕を獲得して、今に至った。
さて、前記事からここまでが今回のメモの前置きである。自分を正しく嫌ってみて、明かされたものが何であったか忘れないための記事を書こうという趣旨だ。だったのだが、分けたり日を跨いだりで備忘録としての価値が薄れつつある。頭悪いのかな?ここから先は文字通りメモになるので、乱長文が目立つと思われるが、ご容赦願いたい。
まず自分を咀嚼するに当たって、幼少期の自分を思い返してみた。小学校低学年くらいまでの自分は、およそ野菜と怖いもの以外はなんでも好きだったと思う。自分も含めた好きなもので自分の世界が満たされていて、好きなことだけして生きていた。人より少しばかり勉強が得意だったので、進んで難しい物事に触れていこうとしていた。それで褒めてもらうのを喜んでいた。それと少し目立ちたがりだった。運動が嫌いではないが得意でもなかったので、それ以外で活躍しようと舵を切っていた。うん、当時の私は何も考えず自分を好きでいたと思う。
小学校の半ばから、勉強ができて目立ちたがりで、先生の言うことをよく聞く私は周囲から疎ましがられ、何度かいじめに遭うことがあった。同級生は「ちょっと悪いこと」にはまりだし、少しずつエスカレートしていく。この頃から、ルールを守らない人はルールを守る自分のような人に攻撃的になるのだろうと思い、敵視していた。さらに、そのような人たちが総じて自分より勉強が不得意だったため、頭が悪いからそうなるのだと決め付けていた。自分の勉強が得意であることに希望を見出し、私は嫌いな人種とは明確に別の存在であると距離をとった。当時のこの処方は一応有効で、周りを憎むことはあれど自分を嫌いになることはなかった。別の存在なので。つまり危うさはあったが、まだ自分のことが好きである。
中学校に上がって、周囲の「ちょっと悪いこと」は勢いを増す。私はといえば、成長期で体が大きくなって基礎体力が向上したり、部活で音楽を始めて友人をたくさん獲得したりと、順当な中学生活を送りつつも、依然として周囲から攻撃的な視線を浴びているように感じることも多々あった。私の勉強好きはここらでピークを迎え、勉強の過程や結果で新たな環境に入り、そこで友人を得るような経験もできた。学校で勉強することに止まらず、図書館で専門分野のハードカバー本を読み漁ることすらあり、物理学にハマり始めた。「音楽を通じたコミュニティ」、「勉強の結果で得られたコミュニティ」がそれぞれ形勢され、好きな人を私にたくさん提供してくれた。その過程で恋愛沙汰も起こし、これは見事に玉砕した。その事件を経て、自分は今のままではダメなのかもしれないと考え始めることになった。それまでの自分を嫌いになる最初の兆しが、ここにあったのかもしれない。とはいえ、勉強が得意な自分でいれば周囲の嫌いな人たちと別の存在でいられたことには変わりなく、人当たりとか言動とかが自然になればいいかな、くらいの微調整が望まれていた。ここでいう”微”調整は現在の視点であり、当時はそれだけで周囲に同化するのではないかという恐怖がけっこうあった。そのためこの微調整に際して、自分が周囲とは違うという刷り込みは加速されたように思う。優秀であることが、周囲の嫌いな人とも親しく振舞うことへの免罪符であった。うーん、自分が好きだったかどうか怪しくなってきた。優秀な自分はまあ好き、嫌いな人と似たような言動してる自分は嫌いだったかもしれない?あくまで自己認識の上では自分が好きなつもりではあった。
高校に入学した。優秀だったので自分が一番行きたかった高校に推薦で合格できた。この環境は今までと圧倒的に違っており、何より暇つぶし感覚で犯罪を犯す人が身の回りにいない。ちょっと真面目だったり、勉強をしていたところで異端にみられることもない。していなくてもみられなかったが。ここで私は、今まで通り優秀な自分を信じていろいろガムシャラにがんばっていればよかったんだと思う。しかし、地元の何の変哲もない公立中学と都内有数の進学校の勉強料の差には面食らった。特に英語は中学で満足できたレベルがまったく足りておらず、序盤から大きく突き放されていた。このときの私は、頑張った上に自分の優秀さが否定されるという事態を危惧したのか、今までできていた程度の勉強量をすぐさま放棄した。労せずして暫定非優秀に甘んじた。数学は中学時代に高校の内容も勉強していたので、部分的に優秀な結果を出して尊厳を保った。それも長くは続かず、一年の終わり頃には優秀と対極にいた。努力と引き換えに私は、集団の中で自分の存在感が放たれていればそれでよいという妥協を繰り返していた。優秀じゃないだけである程度目立つので、それ自体難しくはなかった。一方でただ頭の悪い人は、当時の自分の基準では嫌いな人なので、自分がそうなることをおそれて、勉強以外で優秀であろうとした。全国規模の物理系コンテスト予選で悪くない成績を出したり、音楽系の部活で練習を頑張ったり。そして気付いたら私は部長をやることになり(というか自分で志願して)、ついに自分の能力証明に他人を巻き込むことになってしまった。自分が信頼されるのが嬉しい一方で、とても不安だった。そしてこの不安は的中した。私はもう頑張り方を忘れていた。このときの部活の人には本当に迷惑をかけたと思う。自分が優秀だと信じたかったやつがリーダーになって、そいつは優秀でもなんでもなくて、責任を背負えるような人間ではなかった。今私は、このときの私が明確に嫌いだ。それでも当時の私は、それ以前より大きく恵まれた友人たちの中で、存在していたかった。自分の組み上げた価値が大きく揺らいでいて、崩壊しそうなことがおそろしかったので、自分を人に露出させたくなくなっていた。それがまた大きく迷惑をかけることにつながった。
私は罪深かったが、私を囲う友人たちは基本的に私を拒絶しなかったし、変に持ち上げることもしなかった。ただ友人であり続けていてくれた。自分に友人としての価値があると思えなかったので、いつ見切りをつけられるかもわからない恐怖があり、自分勝手に萎縮していた。2年間前後、このような不安定な精神状態でいたと思う。その間、本当に文字通り潰れていたり、優秀さとは別の土俵で自己をアピールしたり、稀に局所的な優秀さを残したりしながら、自分の価値が暴かれることをおそれていた。当時はもう大好きな物理や数学すら頑張っていない。優秀さを示す道具に成り果て、頑張ることは暫定非優秀と暫定優秀の間の壁を取り払う行為だったからだ。周囲の支えがあり、なんとか部長の任期を終えた。この頃から、なぜ周囲が支えてくれるのか、友人であり続けてくれているのかが本当にわからなくなっていて、そのことばかり考えていた。人にきいて回ったりもした。この泥臭い情報収集は意外にも効果があって、友人ひとりひとりが私に期待している私像が全員バラバラであることがわかった。私が私に求める私像とも少しも一致しなかった。この情報は私の肩の荷を少しばかり軽くし、ただ周りに愛してもらえることに感謝し、そうあれる自分であるよう努めようと思えた。そうすることでしか、友人を失わずにすむと思えなかった。
私の本当にタチの悪いところは、この期に及んでまだ自分は自分が好きな生き物だと呪いのように自分に言い聞かせていたことだ。この呪いがどこから生まれていたのかは定かではないが、自分が好きでない自分を抱えて生きる意味はない、というような思想を長らく持っていた気がする。この強烈な呪いのせいで、高校以降の私はひどく迷走した。今もしているかもしれない。ただ何はともあれ、「人に愛されることで価値を担保された自分」を全面的に肯定する形で、私は高校生活を終えた。
自分を愛してくれる人々を獲得していたので、大学に入ってから大きく迷走することはなかった。しかし依然として、物理や数学に全力を出すことはできなかった。中学当時からの感覚が生きていたので楽しいと感じることはできていたが、本当に楽しかったらもっと勉強していたと思う。道具に成り下がった学問は、喉の通りが悪かった。不安定さはない中で、大学で学んだ人生訓も多かった。最大のひとつはこのメモの題でもある、正しく嫌うということである。多様な人間の中でコミュニケーションを成立させるには、人を正しく嫌う必要があった。
さて、長きにわたって自己評価の変遷を振り返ったわけだが、いよいよ現在の自分を評価する時が来たようだ。私は今でも多くの友人に恵まれており、その存在に支えられている。そんな友人たちに愛される自分は、とても好きだ。でも結局、どんなところが愛されているのだろう?勉強が優秀な自分、はとっくにいなくなった。不勉強な自分は嫌いだ。大学院生はもっと勉強するべきだ。物理学も本当に美しい学問だと思っている。中学終わり頃から育ててきた、気さくな自分、これは結構好きだ。石ころみたいに顔をしかめて真面目に生きていても、今のような友人関係は望めなかっただろう。親しみやすさは得だ。勉強以外のことで、細々とした優秀さを時たま発揮する自分、これは好きっちゃ好きなんだけど、いつも本気出してくれないかなとも思う。実は大学に入ってい以降もしばしば懲りずに自分を重要な役職へと追いやっていた。大学ではあまり致命的な雑魚っぷりを発揮してはおらず、最低限の活躍はできたと思う。だが頑張り方にやはりムラがあるのだ。つまるところ、怠けているときの自分は嫌いだ。本当に改善したい。音楽をやっている自分は好きだ。すごく上手なわけじゃないけど、楽しいし、自己表現とは切っても切り離せない人間になってしまった。じゃあ自己表現と切っても切り離せない人間な自分は・・・・難しいな。目立ちたがりはそこまで悪いことじゃないと思うし、嫌いじゃないかな。野菜が嫌いな自分は、嫌いだ。なんでも好き嫌いせず食べる方がえらいのは間違いない。野菜が嫌いなことでキャラ立っちゃってる自分はぶっちゃけ好きかもしれない。それはそれとして食べろよと思っています本当です許してください農家の皆様。
こうして列挙してみたが、思っていたより自分は自分のこと好きなのかもしれない。重役をこなしたことで、高校時代に強烈に感じた(上で秘匿していた)自分への嫌悪感が払拭されたことは大きい。がんばってみてよかった。自分の中に、明確に嫌いな部分、好きな部分、どうでもいい部分がたくさんある。総合的に好きか嫌いかでいったら、やっぱり自分は人を嫌うことが嫌いなので、緩やかに好きに転じていくだろう。しかし、嫌いな部分を直視することをやめないでいようと思う。そうでなければまたきっと同じ失敗を繰り返し、袋小路な価値の模索を始めてしまうだろう。そして自分の好きなところを、少しでも失わないように守っていこうと思う。(これを書いている途中でも、前より少し気楽に物理やってる自分がいて、また少し自分を好きになれそうでうれしい。)オチとかないんですけどメモなのでこれで終わりです。
メモ:正しく嫌うということ ① 〜 嫌いなものを嫌う
ここ数年、物事を正しく嫌うことを目指している。例えば私は、調理法の違いによってネギを、美味しく食べられたり不味くて食べられなかったりする。不味いと感じるときの不快感は主に、ひと噛みで咀嚼しきれないことと、植物の水分にある独特の甘みからきているらしい、と分析できた。これに類似して、白菜など葉物野菜の芯の部分がひときわ苦手なのも、同じ理由かもしれない。自分は白菜が嫌いだと認識しているが、実は芯以外はそんなに嫌いではない可能性も、あったりなかったり。
この手続きで私が白菜嫌いを克服したような訳では一切なく、依然として嫌いなままなのだが、人に同様の手続きをしたときには明確な利点があった。
以前の私には、”頭の悪い人が嫌い”だとか、”何も行動せず不平不満を抱えるだけの人が嫌い”だとか、そういう基準がやたらとあった。たぶん私は、人を嫌うという行為にエネルギーを消耗するタイプなのだ。かつて周りに嫌いな人が溢れていた時に、消費エネルギーを節約しようとして、こういうラベリングによって、個人を嫌うことから目を逸らしたのだろうと思う。しかし歳をとるに連れて、自分の周りには好きな人が増えていった。そうなってもかつての基準は健在で、結果として、「好きな人なのに嫌いな人」を生み出す事態になってしまった。これは大変エネルギーの消耗が激しく、ずいぶん長いこと損失を生んでいた思う。ここで上記の手続きが活躍する。
基準制から一度離れて、人の中に好きな部分と嫌いな部分があることを認めた。それにより、私はこの人のこういうところが嫌いなだけで、その人のすべてが嫌いな訳ではない、という着地点ができた。好きな人を好きなままでいられるのは心地が良かった。そしてこれだけに止まらず、「嫌いな人」を「嫌いなところがある人」に緩和することができた。これが本当に便利で、人を嫌うことで消耗するエネルギーが格段に減った。今年度のインフルエンザ感染数くらい減った。接客業のアルバイトをしていたときなどは特に、この差分のおかげでなけなしの精神力をずいぶん保護することができたと思う。基準を設けて人をラベリングすることは一貫性があるようだが不便で、嫌いなものだけが嫌いなのだという雑なルールのほうが優れていることに気づけた。
このような経緯で、正しく嫌うということを自分の中で目標に掲げ、難なく実行してきた。だがこの手続きにおいて、意図して避けていた対象があった。それは、自分を正しく嫌うという行為である。
長くなりそうなので一旦切って続きは明日書きます。今日は青汁飲んで寝る。
書き初め 2021年春
毎年恒例の書き初めをやりました。

見賢思斉という四字熟語で、「賢を見ては斉しからんことを思う」と訓読します。賢い人を見ては自分もそのようになりたいと思うことを意味します。
今までもいろいろな人から学びを得てより一層賢くなりたいと願って生きてきましたが、自分の溢れ出る傲慢さを垣間見ることも多々あります。今年は就活、修論という今までに経験のない難関と複数会敵しますので、それらに取り組むに当たって一度、謙虚さを取り戻しておこうという気持ちでこのような抱負を立てました。
書の出来栄えとしては可もなく不可もなく....もう少し改善できる気もするけど満足できるっちゃできる。母が上手すぎて敵う気がしない。まあ見の字はかなりいいんじゃない?紙の折れ目に妨害されているけど。
来年は新品の紙で書きます。
麻婆納豆(レシピメモ)
麻婆納豆を創造したところ美味しかったので備忘録としてレシピ置いておきます。

材料(成人男性2人前)
⚪︎納豆・・・2パック
⚪︎にんにく・・・2~3欠け
⚪︎しょうが・・・1欠け小
⚪︎ネギ・・・適量
⚪︎甜麺醤・・・大さじ1
⚪︎豆板醤・・・小さじ2ほど
⚪︎料理酒・・・大さじ1
⚪︎鶏ガラ(粉末スープ)・・・小さじ2
⚪︎醤油・・・大さじ2
⚪︎塩・・・小さじ1
⚪︎砂糖・・・小さじ1
⚪︎白胡椒・・・1振り
⚪︎味の素・・・1振り
⚪︎水・・・200cc
⚪︎片栗粉・・・適量
⚪︎ごま油・・・大さじ3
⚪︎ラー油・・・好きな量
手順
1. にんにくとしょうがをみじん切りにします。面倒だったらチューブでもいいです。すりおろしでも構いません。
2. フライパンにごま油を引き、にんにくとしょうが、納豆を炒めます。このとき、納豆のネバネバに包まれると火の通りが悪くなるのでみじん2種はフライパンの中で分けておきます。

3. にんにくがコンガリしてくる頃合いで、甜麺醤と豆板醤をごま油に馴染ませ、料理酒をいれて全体を混ぜます。
4. 水、醤油、砂糖、塩、味の素、鶏ガラ、白胡椒を入れ、煮立ったら火を弱めて水溶き片栗粉でとろみをつけます。最後にネギとラー油を適当に入れて完成です。
私が作る際は豆板醤を切らしていたのでコチュジャンで代用しました。大差無いと思います。またみじん切りの細かさですが、丼ものの宿命として途中で飽きが来るので、ちょっと粗く切っておくと食べてるときアクセントになって良いです。
麻婆の餡のトロミと納豆の粘り気がほどよく絡まり、豆の旨みがつまっていてとても美味しいのでぜひお試しください。



















